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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)8839号 判決

原告

泉秀明

ほか一名

昭和五九年(ワ)第八八三九号事件被告

新井きよ

ほか一名

昭和六一年(ワ)第五七〇八号事件被告

新井一郎

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告新井きよ(以下「被告きよ」という。)及び被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)は、各自、原告らそれぞれに対し、各一〇〇〇万円及びこれらに対する昭和五七年一一月二七日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告新井一郎(以下「被告一郎」という。)、東京日野自動車株式会社(以下「被告東京日野自動車」という。)及び原田自動車株式会社(以下「被告原田自動車」という。)は、各自、原告らそれぞれに対し、各二八〇八万五〇〇〇円及びうち二五五三万五〇〇〇円これらに対する昭和五七年一一月二七日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五七年一一月二七日午後五時三五分ころ

(二) 場所 東京都足立区花畑四丁目三一番一三号付近交差点(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 大型貨物自動車(足立一一き七九〇七)

(四) 右運転者 小川文男(以下「小川」という。)

(五) 被害車 原動機付自転車(足立区す四五四七)

(六) 被害者 泉貴之(以下「亡貴之」という。)

(七) 事故の態様 亡貴之が被害車を運転して、本件事故現場を進行していたところ、その右側を並進していた加害車が被害車の進路へ幅寄せした結果、その左側荷台付近に接触されて、被害車もろとも転倒し、加害車の左側後輪に轢過されて死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

被告きよは、その名義で運送業を経営し、かつ、加害車をその名義で保有し、被告一郎は、加害車の保有者であり、被告東京日野自動車及び被告原田自動車は、加害車の修理を引き受けたものであり(被告東京日野自動車が元請けし、被告原田自動車が下請けした。)それぞれ自己のために運行の用に供していた者であるから自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により原告らの後記損害を賠償する責任がある。

被告東京海上は、被告一郎との間に加害車を目的とし、本件事故発生日を期間内とし、保険金額を二〇〇〇万円とする自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約を締結していたから、自賠法一六条により原告らの後記損害を二〇〇〇万円の限度で賠償する責任がある。

3  損害

亡貴之及び原告らは、次のとおり損害を被つた。

(一) 逸失利益 三五二七万円

亡貴之は、昭和四〇年二月一四日生まれの死亡当時一七歳の男子高校生であり、一八歳から六七歳までの四九年間就労可能である。その間少なくとも昭和五九年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計・全年齢平均の男子労働者の平均賃金である年収四〇七万六八〇〇円を得られたものであるから、右金額を基礎とし、生活費控除率を五〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息の控除をライプニツツ式計算法で行うと、亡貴之の逸失利益は次のとおりの計算式により右金額となる。

(計算式)

四〇七万六八〇〇円×(一-〇・五)×一七・三〇六三=三五二七万円(一万円未満切捨て)

(二) 亡貴之の慰藉料 五〇〇万円

本件訴訟に顕れた諸般の事情に鑑みると、亡貴之自身の本件事故により死亡したことによる精神的苦痛を慰籍するための慰籍料は右金額が相当である。

(三) 相続

亡貴之は、右損害賠償請求権を有するところ、原告らは、亡貴之の両親であり、相続人であるから、亡貴之から右損害賠償請求権を相続分に応じて相続した。

(四) 葬儀費用 各四〇万円

原告らは、亡貴之の葬儀費用として右金額を支出した。

(五) 原告らの固有の慰籍料 各五〇〇万円

本件訴訟に顕れた諸般の事情に鑑みると、原告らの本件事故により亡貴之が死亡したことによる精神的苦痛を慰藉するための慰藉料は右金額が相当である。

(六) 弁護士費用 各二五五万円

原告らは、被告らが任意に右損害の支払いをしないため、その賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したが、そのうち被告らは右金額を負担すべきである。

各二八〇八万五〇〇〇円

よつて、原告らそれぞれは、被告きよに対し、右損害金の一部各一〇〇〇万円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年一一月二七日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、被告東京海上に対し、右損害金の自賠責保険の支払限度額である各一〇〇〇万円及びこれに対する本件事故の日である前同日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、被告一郎、被告東京日野自動車及び被告原田自動車各自に対し、右損害金各二八〇八万五〇〇〇円及びうち弁護士費用を除く二五五三万五〇〇〇円に対する本件事故の日である前同日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実中、事故態様を除き認める。事故態様は否認する。

2  同2(責任原因)の事実中、被告きよは、その名義で運送業を経営し、かつ、加害車の所有名義人であることは認めるが、実態は、被告きよの長男である被告一郎が経営しており、被告きよは単なる名義人に過ぎない。したがつて、被告きよは、加害車の保有者ではなく、運行共用者でもない。

被告一郎は、加害車の保有者であることは認める。ただし、被告一郎は、被告東京日野自動車に加害車の修理を依頼し、被告東京日野自動車は、被告一郎の事業所に加害車を引き取りに行き、一旦自社の工場に持ち帰り、実際の作業を下請けである被告原田自動車に依頼し、被告原田自動車は、自社の社員である小川を被告東京日野自動車に派遣して加害車を引き取らせ、これを被告原田自動車の工場に持ち込もうとして運行中、本件事故が発生した。被告一郎は、被告原田自動車及び小川を全く知らず、本件事故が発生して初めてその関与を知つたものである。以上のとおり、被告一郎は、本件事故当時加害車の運行支配を失つていたものであり、運行共用者であるとは言えない。

被告東京日野自動車及び被告原田自動車は、加害車の修理を引き受けたものであり、(被告東京日野自動車が元請けし、被告原田自動車が下請けした。)それぞれ自己のために運行の用に供していた者であることは認める。

被告東京海上は、被告一郎との間に加害車を目的とし、本件事故発生日を期間内とし、保険金額を二〇〇〇万円とする自賠責保険契約を締結していたことは認める。

3  同3(損害)の事実中、原告らは、亡貴之の両親であり、相続人であることは認め、その余は争う。

三  抗弁

免責

1  本件事故現場は、ほぼ南北に通ずる通称山王通り(以下「甲道路」という。)と、東西に通ずる道路(以下「乙道路」という。)との交通整理の行われていない交差点である。交差点北側には、両側にガードレールがあるのに対し、交差点南側には、東側にのみガードレールが設置されて、西側にはガードレールがなく、車道外側線に描かれているだけであつた。指定最高速度は、甲道路四〇キロメートル、乙道路二〇キロメートルとされていた。

小川は、加害車(三菱ふそう六・五トンづみ大型貨物自動車)を運転して甲道路を北進し本件交差点に差しかかつた。当時の天候は晴れで、路面は乾燥し、交通は閑散としていたが、既に日没後で薄暗くなつており、加害車は、前照灯を点灯して、道路中央やや左側部分(右側が中心線を五〇センチメートル程度越えるような位置)を時速約三〇キロメートルで直進し、本件交差点を通過しようとした。そのとき、同人は左側方に異音を聞き、ほとんど同時に左後輪が異物に乗り上げた感じを受けたので、左サイドミラーをみたが、暗くて確認できなかつたため、自車を左に寄せて停止させ、後方に駆け寄つたところ、路上にうつ伏せに倒れている亡貴之と、その付近に右側を下にして転倒している被害車(原動機付自転車)を発見した。

一方、亡貴之は、被害車を運転し、加害車の後方から甲道路を時速約四〇キロメートル以上で北進中、本件交差点の手前で加害車に追いついたが、これを左方から追い越そうと図り、更に速度を上げて左(西側)車道外側線上を進行したところ、自車の進路前方である本件交差点の北側にはガードレールがあり、進路が妨げられているのを発見し、狼狽して急制動の措置を講じたところ、被害車は安定を失つて右側を下に転倒し、亡貴之は右側に投げ出されて、たまたま走行中の加害車の左後輪の直前に頭部が滑り込み、轢過されたものである。

2  以上のように、本件事故の発生について、亡貴之に速度超過、前方不注視、不適当な追越し、ブレーキの操作ミス等重大な過失があることは明白である。他方、小川は、甲道路を正常に直進中であり、左後方ないし側方で発生した本件事故現場を予見し、または回避し得た状況は全くなく、本件事故の発生に寄与する行為があつたとは認められないので、無過失である。

また、亡貴之は当時ヘルメツトを被つていなかつたが、仮に被つていたとすると、同人が転倒して右側に投げ出されたとしても、ヘルメツトが加害車の左サイドバンパーに当たつて跳ね返され(一般的なヘルメツトの大きさからするとサイドバンパーの下に滑り込むことはないものと考えられる。)頭部を轢過されずにすんだはずであるから、少なくとも致命傷は免れたものと推定される。したがつて、同人には、被害拡大についても過失があるものである。

本件事故は、亡貴之の一方的過失により発生したもので、運転者である小川、運行共用者である被告東京日野自動車及び被告原田自動車に何らの過失がなく(被告きよ及び被告一郎に過失がないことはいうまでもない。)、かつ、加害車には、本件事故発生と因果関係のある構造上の欠陥ないし機能の障害がなかつたから(加害車は、かねて停止状態から発進する際、異音がしてギアが入り難い不具合があつたため、修理に出されたものであるが、その不具合は、本件事故の発生には何ら影響していない。)、自賠法三条但書により免責が成立するものである。

そして、加害車の保有者の責任を前提とする被告東京海上にもまた責任はないというべきである。

四  抗弁に対する認否

加害車は、かねて停止状態から発進する際、異音がしてギアが入り難い不具合があつたため、修理に出されたものであることは認め、その余は争う。

亡貴之は、付近の地理にも詳しく、原動機付自転車の運転も熟練しており、楽器も上手にこなせる等運動神経も良かつたので、無謀な運転をするはずもなく、急制動したとされる位置も、ガードレールの位置と対比するとあまりに遠過ぎる。真実は、本件事故は、加害車が幅寄せしてきて、被害車を運転していた亡貴之の右肩(ダウンジヤケツト)に接触したため、亡貴之が急制動の措置を講じたことにより被害車が転倒したために発生したものである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)中、事故態様を除く部分については当事者間に争いがない。

二  被告らの責任についての判断は留保し、事故態様及び免責の抗弁について判断する。

1  原本の存在、成立ともに争いのない甲二、四号証、成立に争いのない甲七、八(後記措信しない部分を除く。)号証、乙一号証から四号証まで、六号証、本件事故現場付近の写真であることは当事者間に争いがない甲六号証の一から七まで、亡貴之の着用していたダウンジヤケツトの写真であることは当事者間に争いがない甲九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙七号証の一、二、弁論の全趣旨により本件事故現場付近及び加害車の写真であることが認められる乙八号証、証人小川文男、証人曽我部ふみ子(後記措信しない部分を除く。)の各証言、原告泉秀明本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)及び鑑定の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、環状七号線方面から花畑団地方面にほぼ南北に通ずる甲道路と、綾瀬川方面から日光街道方面にほぼ東西に通ずる乙道路との交通整理の行われていない交差点上である。道路幅員は、甲道路が約一〇・八メートル、乙道路が約五・八二メートルで、甲道路の車道部分は約七・二メートルであるが、本件交差点北側には、両側にガードレールがあるのに対し、本件交差点南側には、東側にのみガードレールが設置されて、西側にはガードレールがなく、幅約一・六メートルの段差のない路側帯が白線で描かれているだけであつたため(なお、本件事故後右の部分にもガードレールが設置された。)、路側帯を含めた幅員は約八・八メートルになつていた。路面はアスフアルト舗装されており、平坦で、本件事故当時の天候は晴れで、路面は乾燥していた。両道路に駐車禁止、乙道路の交差点手前に一時停止の指定があり、指定最高速度は、甲道路四〇キロメートル、乙道路二〇キロメートルに規制されている(詳細は別紙図面参照)。

(二)  小川は、加害車(三菱ふそう六・五トンづみ大型貨物自動車、全長七・九八メートル、全幅二・三八メートル、)を運転して甲道路を北進し本件交差点にさしかかつた。交通は閑散としており、日没後で薄暗くなつていたため、加害車は、前照灯を点灯して、道路中央やや左側部分(右側が中心線をある程度越えるような位置)を時速約三〇キロメートルを超える速度で直進し、本件交差点を通過しようとした。そのとき、小川は左側方に異音を聞き、ほとんど同時に加害車左後輪が異物に乗り上げた感じを受けたので、左サイドミラーを見たが、周囲が暗くて状況を確認できなかつたため、加害車を若干走行させた後道路左側に寄せて停止させ、後方に行つたところ、路上にうつ伏せに倒れている亡貴之と、その付近に右側を下にして転倒している被害車(原動機付自転車)を発見した。加害車左後輪で後記のような状態になつた亡貴之を轢過したものである。

(三)  亡貴之は、被害車を運転し、加害車の後方から甲道路を時速四〇キロメートルを超える速度で北進中、本件交差点の手前で加害車に追いついたが、これを左方から追い越そうとして、左(西側)車道外側線上を進行したところ、自車の進路前方である本件交差点の北側にはガードレールがあり、進路が妨げられていたため、ガードレールに衝突しないように急制動の措置を講じたところ、制動措置を誤り、被害車の後輪をロツクさせたため、被害車は路面に擦過痕を残しながら進行し、安定を失つて右側を下に転倒し、亡貴之は右側に投げ出されて、走行中の加害車の左後輪の直前に亡貴之の頭部が滑り込み、轢過されたものである。

(四)  加害車は、かねて停止状態から発信する際、異音がしてギアが入り難い不具合があつたため修理に出されたものであるが(この部分は当事者間に争いがない。)、右不具合は、前記本件事故の発生状況に照らして、その発生には何ら影響していない。

以上の事実が認められ、甲八号証、証人曽我部ふみ子の証言、原告泉秀明本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右事実に徴すると、本件事故の発生について、被害車の運転者である亡貴之には、速度超過(原動機付自転車の指定最高速度は三〇キロメートルに規制されている。)、不適当な追越し、急制動の際のブレーキの操作ミス等の過失があるものであり、他方、加害車の運転者である小川は、甲道路を特に問題なく直進中であり、加害車の左方から追越しをしてくる車両があることまで予見して、進行する注意義務があるとはいえず、また左後方ないし側方で発生した本件事故を予見し、または回避し得た状況もなく、本件事故の発生に寄与する行為があつたとは認められないので、無過失というほかなく、運行供用者である被告東京日野自動車及び被告原田自動車に何ら過失がなく(被告きよ及び被告一郎に過失がないことも明らかである。)、かつ、加害車には、本件事故発生と因果関係のある構造上の欠陥ないし機能の障害がなかつたから(加害車は、ギアが入り難い不具合があつたが、その不具合は、本件事故の発生には何ら影響していないことは前認定のとおりである。)、仮に、被告東京海上を除く各被告らが運行供用者であつたとしても、いずれも自賠法三条但書により免責が成立するものである。

そして、本件事故について、運行供用者に免責が成立する以上、保有者の運行供用者責任の発生を前提とする被告東京海上の責任もまた生じないというほかない。

3  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告らに対する請求は理由がない。

三  以上のとおり、原告らの本訴請求は、理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

現場見取図

〈省略〉

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